日大で精密機械工学を専攻したが「自分の仕事が賞金という形になって表れる」と競馬の道へ。北海道の牧場で働いた後、01年に「本場で学びたい」と渡仏した。調教師になるには競馬法から獣医学まで専門知識が求められる。「外国まで来て、後がないので必死でした」。3人の調教師の下で助手を務めながら猛勉強し、08年に調教師試験に合格した。現地関係者には「サトシ」と慕われ、当初2頭だった管理馬は20頭に増えた。
毎日どこかでレースが行われるほど、フランス競馬の裾野は広い。プログラムを片手に馬に適したレースを選び、自ら馬運車を運転して国内を回る。1頭ごとに気性や体調を考慮して日々の調教メニューを考える。「物言えぬ馬と対話しながら、一緒に勝利を目指すことが一番の醍醐味(だいごみ)」。日本に比べ賞金は安く、休みもないが「好きだからいくら働いても苦にならない」と笑う。
今月7日にパリであった世界最高峰のレース「凱旋門(がいせんもん)賞」で2着だった日本のオルフェーヴルを自らの厩舎でサポートした。夢は自分の管理馬での凱旋門賞制覇。「何年も、朝から晩まで競馬に没頭してきた。経験を積めば、いつか実現すると信じています」
(毎日新聞)