盛岡競馬場内の福田厩舎で、腹をすかせたサラブレッドが頭を上下に振る。「馬の頭は意外と固いんだ」。ベテラン厩務員の工藤裕孝(ゆうこう)さん(47)は牧草を与えながら昨秋の「事故」を思い出した。
調教中に暴れた馬の頭が右脇腹に当たり、骨にひびが入った。しばらく前に20代の同僚が斜陽の岩手競馬を見限り帰郷したため、痛みをこらえて1人で働き続けた。多い時で9頭の世話をした。「限界を超えた」と感じる。
工藤さんが栃木県の厩舎から盛岡へ戻った1993年ごろ、年間収益400億円超の岩手競馬は「地方競馬の優等生」だった。その後、景気低迷や放漫経営で00年度から赤字に転落した。前知事の廃止方針は撤回されたが、収支均衡が存続の条件となった。以来、人件費や賞典費などを削減する帳尻合わせで薄氷の黒字が続く。
厩務員には賞典費の5%が給与として支払われる。削減は懐具合に響くが、2人分働いているため手取りは変わらない。07年度に208人いた厩務員は10年度に158人に激減した。いずれ給与は下がるかもしれない。それでも強く言えない。工藤さんは「痛しかゆしで生殺しみたいなもんだ」と苦笑する。
地方競馬は軒並み経営難だ。01年の大分・中津から05年までに7団体が撤退した。最近も「廃止ドミノ」の第2波が懸念されている。以前のように廃止後の移籍先はない。
県競馬組合はあの手この手で増収を図るものの、馬券発売額は9年連続で減る見通しだ。有識者の検討会議も将来像を示せない。それでも組合管理者の達増拓也知事は「一定のめどをつけた」と4年連続の収支均衡という成果を強調する。
競馬の存続意義として、組合の高前田寿幸副管理者は関係者1300人の雇用を第一に挙げる。年間200億~300億円の経済波及効果と馬事文化の継承にも言及する。だが、ある競馬関係者は「存続も地獄、廃止も地獄で、もうお手上げだ」と本音を明かす。
日本中央競馬会(JRA)との相互馬券発売が12年度にも始まる。地方の一部レースをJRAの電話投票で購入でき、地方で買えるJRA馬券も増える。工藤さんはわずかな希望を託す。「来年度を乗り切れるか。正念場だ」。ため息をつき馬の元へ戻った。(毎日新聞)