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荒尾競馬組合は15日、事業廃止に伴う協力見舞金交渉で妥結した調教師(14人)、厩務(きゅうむ)員(61人)と確認書を交わした。支給は調教師が所属する県調騎会に対して計約1億900万円、厩務員会について計1億3千万円。個別の金額は「混乱の恐れがある」(市幹部)として公表していない。来年3月の定例市議会に補正予算案を提案する予定で、可決されれば同月末までに支給する。
見舞金は、過去3年のそれぞれの平均年収や勤務期間などを加味した「生活再建支援金」と、再就職支援金(1人当たり18万円)を合算した額。厩務員会については解散にかかる経費50万円も含まれる。退去に伴う交通費は別途支払う。
残る交渉中の対象者は馬主(約120人)、騎手(13人)、獣医師(3人)、食堂経営者(10人)。(西日本新聞)
2011年12月16日金曜日
2011年12月15日木曜日
荒尾競馬 見舞金合意確認書締結

荒尾市は、来週で廃止となる荒尾競馬場の調教師と厩務員の協力見舞金について合意に至り、確認書の調印式をきょう行いました。きょうの調印式では、協力見舞金の合意に至った調教師14人と厩務員61人のそれぞれの代表者が、書面に調印しました。協力見舞金の総額は、調教師はおよそ1億1000万円、厩務員はおよそ1億3000万円。1人当たりの平均は調教師はおよそ780万円、厩務員がおよそ210万円ということです。荒尾市は、議会の承認を得た上で、今年度中にも支払うことにしています。一方、騎手や馬主などおよそ150人がまだ合意に至っておらず、荒尾市は、引き続き話し合いを重ねるなどして、今年度中に全ての関係者への協力見舞金の支払いを目指しています。(テレビ熊本)
プロスポーツ大賞地方競馬部門 山中騎手に功労賞

62歳 最年長記録を評価 金沢競馬で初
国内プロスポーツ界の成績優秀者に与えられる「第44回日本プロスポーツ大賞」の地方競馬部門功労賞に、金沢競馬の山中利夫騎手(62)が選出された。地方競馬全国協会が13日発表した。金沢競馬で功労賞受賞は初めて。
山中騎手は1967(昭和42)年に大阪の春木競馬場(現在は廃止)でデビューし、その後和歌山県の紀三井寺競馬場(同)などを経て、1980年から金沢競馬場で騎乗している。今なお現役で、これまで2811勝(13日現在)を挙げている。今回は今年六月に国内の最年長騎乗記録を更新したことが評価された。
受賞を知った山中騎手は「長いこと頑張ってきたご褒美だと思う。また一日一日頑張りたい」と話した。表彰式は20日に東京都内のホテルで行われる。(中日新聞)
大村愛知知事:県競馬組合の議員報酬ゼロを提案へ
愛知県と名古屋市、豊明市で構成する一部事務組合「愛知県競馬組合」議会の組合管理者を務める大村秀章知事は、議員報酬をゼロにする条例改正案を27日開会の12月定例議会に提出する方針を決めた。15日に開かれる「議会あり方検討会」で説明する。
名古屋競馬を運営する組合の累積赤字は昨年決算で約40億円に上り、経費削減に向けて報酬見直しが不可欠と判断した。
組合議会は▽県議8人▽名古屋市議8人▽豊明市議2人--で構成され、条例に基づき各議員に月額3万1000円が支給されている。
改正案では、現議員の任期が終わる来年5月まで無報酬とし、それ以降は改めて議論するとしている。
県競馬組合や名古屋港管理組合など一部事務組合議会の議員報酬について、河村たかし名古屋市長も「報酬の二重取り」と批判。県競馬組合議会は報酬を月1万円、議会開催時の日当1万円の年15万円程度にする正副議長案を軸に報酬削減を調整していた。(毎日新聞)
名古屋競馬を運営する組合の累積赤字は昨年決算で約40億円に上り、経費削減に向けて報酬見直しが不可欠と判断した。
組合議会は▽県議8人▽名古屋市議8人▽豊明市議2人--で構成され、条例に基づき各議員に月額3万1000円が支給されている。
改正案では、現議員の任期が終わる来年5月まで無報酬とし、それ以降は改めて議論するとしている。
県競馬組合や名古屋港管理組合など一部事務組合議会の議員報酬について、河村たかし名古屋市長も「報酬の二重取り」と批判。県競馬組合議会は報酬を月1万円、議会開催時の日当1万円の年15万円程度にする正副議長案を軸に報酬削減を調整していた。(毎日新聞)
2011年12月13日火曜日
養老牧場:引退馬に幸せな余生を 八重樫美織さん、賛同者協力受け那須に/栃木
◇殺処分知り「救いたい」
年老いた競走馬の多くが殺処分される運命にあるのを知った女性が、馬を引き取る「功労馬の余生牧場」を那須町に開いた。八重樫美織さん(37)。23日には熊本県荒尾市の地方競馬・荒尾競馬場が最終レースを迎え廃止される。「走るだけ走らせて殺されるなんて」と、できるだけたくさんの馬を引き取ろうと努めている。【中村藍】
「ほら、食べなよ」。青草を詰め込んだバケツを置き、元競走馬のフジサイレンスを優しくなでた。東日本大震災で被災した福島県南相馬市の馬主から引き取った馬だ。約6万平方メートルの牧場には馬5頭が身を寄せる。牧場名は好きだった競走馬からもらって「ブレーヴ・ステイブル」にした。
今年で開設12年目になる埼玉県ときがわ町の養老牧場「ときがわホースケアガーデン」によると、引退馬を引き取る牧場は全国に20カ所ほどあるが、生産される馬の頭数に対してまだまだ足りないのが現状だという。
八重樫さんは幼いころ、両親に連れられ訪れた牧場で馬と触れ合い、それから馬が好きになった。短大卒業後、さいたま市で歯科助手になったが、休日には早起きして東京都内の競馬場に出かけ、パドックを最前列で眺めていた。ある日、ひいきの馬を見なくなった。後で殺処分されたと知った。胸が締め付けられた。同時に、引退馬の余生をみる牧場の運営に思いが募った。
仕事の傍ら、埼玉県内の牧場で研修を始めた。昨年、「スエヒロコマンダーを助けて」というファンが来た。通算4億円以上の賞金を獲得した名馬だが、すでに引退が決まり、殺処分の可能性があるという。「私が引き取る」と即決し、まず岩手県の牧場へ移した。歯科助手の仕事は辞めた。知人から那須町の牧場を借り、この夏、養老牧場の開設にこぎつけた。賛同者がボランティアやスタッフとなり、今は10人で馬や他の動物を世話している。
今、心配なのは荒尾競馬場の約280頭の競走馬の行方だ。同競馬場の関係者は「馬のレベルが低く、他の競馬場に移って十分に走れる可能性は少ない。馬主も経済的なゆとりがなく、大部分が殺処分になるのでは」と話す。八重樫さんは馬主や関係者と交渉し、2頭の引き取りが決まった。今後も牧場のスペースが許す限り受け入れに努めるという。「命を大事にする手本となるような牧場に育てたい」と八重樫さん。もちろん、スエヒロコマンダーもここで幸せな余生を送っている。(Yahooニュース)
年老いた競走馬の多くが殺処分される運命にあるのを知った女性が、馬を引き取る「功労馬の余生牧場」を那須町に開いた。八重樫美織さん(37)。23日には熊本県荒尾市の地方競馬・荒尾競馬場が最終レースを迎え廃止される。「走るだけ走らせて殺されるなんて」と、できるだけたくさんの馬を引き取ろうと努めている。【中村藍】
「ほら、食べなよ」。青草を詰め込んだバケツを置き、元競走馬のフジサイレンスを優しくなでた。東日本大震災で被災した福島県南相馬市の馬主から引き取った馬だ。約6万平方メートルの牧場には馬5頭が身を寄せる。牧場名は好きだった競走馬からもらって「ブレーヴ・ステイブル」にした。
今年で開設12年目になる埼玉県ときがわ町の養老牧場「ときがわホースケアガーデン」によると、引退馬を引き取る牧場は全国に20カ所ほどあるが、生産される馬の頭数に対してまだまだ足りないのが現状だという。
八重樫さんは幼いころ、両親に連れられ訪れた牧場で馬と触れ合い、それから馬が好きになった。短大卒業後、さいたま市で歯科助手になったが、休日には早起きして東京都内の競馬場に出かけ、パドックを最前列で眺めていた。ある日、ひいきの馬を見なくなった。後で殺処分されたと知った。胸が締め付けられた。同時に、引退馬の余生をみる牧場の運営に思いが募った。
仕事の傍ら、埼玉県内の牧場で研修を始めた。昨年、「スエヒロコマンダーを助けて」というファンが来た。通算4億円以上の賞金を獲得した名馬だが、すでに引退が決まり、殺処分の可能性があるという。「私が引き取る」と即決し、まず岩手県の牧場へ移した。歯科助手の仕事は辞めた。知人から那須町の牧場を借り、この夏、養老牧場の開設にこぎつけた。賛同者がボランティアやスタッフとなり、今は10人で馬や他の動物を世話している。
今、心配なのは荒尾競馬場の約280頭の競走馬の行方だ。同競馬場の関係者は「馬のレベルが低く、他の競馬場に移って十分に走れる可能性は少ない。馬主も経済的なゆとりがなく、大部分が殺処分になるのでは」と話す。八重樫さんは馬主や関係者と交渉し、2頭の引き取りが決まった。今後も牧場のスペースが許す限り受け入れに努めるという。「命を大事にする手本となるような牧場に育てたい」と八重樫さん。もちろん、スエヒロコマンダーもここで幸せな余生を送っている。(Yahooニュース)
2011年12月11日日曜日
荒尾競馬、忘れないで 16、23日に感謝イベント


荒尾市の荒尾競馬2 件は16日と23日でレースの開催を終える。両日は来場者向けにファン感謝イベントを実施予定。荒尾で活躍した名馬の写真を使ったカレンダーや馬場の砂を詰めた小瓶の配布、騎手サイン会などがある。厩務[きゅうむ]員らも「荒尾の思い出を忘れないで」と手作りのオリジナルグッズを準備している。
カレンダーには第1回サラブレッド大賞典(1990年)で勝利したコーナンオーマ、第32回楠賞(93年)のダイメイゴッツと同39回(2000年)のコウザンハヤヒデ、開設83周年記念大阿蘇大賞典(11年)のテットウテツビなどが登場。満員のスタンドやモノクロームの馬場なども、83年の歴史を伝える。
製作した日本レーシングサービス(東京)の古橋永祐さん(26)は「ファンとの距離の近さが荒尾の魅力だった。来年1年間、記憶を手元に置いてほしい」と話す。馬場の砂とともに、16、23日の来場者に無料配布する(先着順)。
厩務員会は「記念グッズがほしい」というファンの声を受け、馬のたてがみを使ったストラップと金銀の蹄鉄[ていてつ]を製作している。23日に販売する予定。
16日は午後4時50分から騎手サイン会も。最終日の23日は入場無料。所属騎手全員によるレースがあるほか、最終9レース終了後は馬場を開放する。荒尾競馬2 件婦人会や装蹄師会などによるプレゼント、体験乗馬も実施予定。競馬組合TEL0968(62)2210。(熊本日日新聞)
【写真】厩務員会が家族で手作りしている馬のたてがみを使ったストラップと金銀の蹄鉄
【写真】荒尾の馬場を駆けた名馬の写真を使った2012年カレンダー
2001年廃止の中津競馬は今 整備進まず・・・大半更地 「荒尾競馬」23日最終レース


最終レースまで残りわずかとなった荒尾競馬。23日の最終日は、ファンにとっては馬が駆け抜ける姿を見られる「終わりの日」だが、ここを生活の場としてきた厩舎(きゅうしゃ)関係者にすれば新たな生活へと踏み出す「始まりの日」でもある。廃止に伴う見舞金交渉は難航し、再就職先が決まらない人も多い。跡地をどうするのかという問題も白紙のまま。荒尾競馬の行く末は-。2001年3月に廃止された中津競馬(大分県中津市)の跡地を訪ねた。
「ここに来ると馬が走る音と歓声が聞こえる。やっぱり、悲しいな」
競走馬の世話をする厩務(きゅうむ)員として、中津競馬で30年間働いた古梶(こかじ)好則さん(56)は廃止後、初めて馬場の跡地に立った。
約12ヘクタールの広大な土地は大半が民有地で、一部に道路ができ、片隅にスーパーとホームセンターが建った以外はほとんど跡地利用は進んでいない。更地にわずかに残る砂だけが、かつてここがダートコースだったことを証明していた。
隣接する厩舎団地跡(約11ヘクタール)へ向かう。入り口には「中津競馬組合厩舎団地」のプレートが忘れ物のように残っていた。馬小屋と住宅が一体化した厩舎こそ残ってないものの、道路や生け垣はそのまま。馬場と違い、往時の様子が見て取れた。「同僚の顔が浮かぶ。母校に来たようで懐かしい」。古梶さんの表情が少し晴れた。
中津市によると、駐車場などを含む跡地(計約26ヘクタール)は市有地が4割、競馬組合所有地と民有地が3割ずつ。廃止後、市が全額出資する土地開発公社が民有地以外を約17億円で購入。当初、厩舎団地跡は、敷地内にある池を生かして公園にするはずだった。
しかし、03年11月の市長選で現職が敗れ、計画は白紙に。市民代表が1年近く話し合った結果、スポーツ広場とする活用案がまとまった。ようやく来年4月から野球場の建設など本格的な整備に取り掛かるという。
◇ ◇
古梶さんは今、跡地近くの新聞販売店で店主をしている。配達や集金で跡地そばを通る時は、車のアクセルを強く踏むという。「無理やり(競馬場での時間を)断ち切って、生きるためだけに費やした10年だった。立ち止まったら時間が一気に戻ってしまう気がした」からだ。
記者とともに再びこの地を訪れる気になったのは「今の仕事が軌道に乗ったから」。古梶さんによると、約300人いた厩舎の仲間のうち、廃止後も競走馬に関われたのは1、2割。引退したある騎手は、ファンに気付かれないために「遠くの町の工事現場」へ行ったと聞いた。
馬も同じ。市は把握していないが「最後までいた約200頭の大半が殺処分されたはず」と古梶さんは話す。
◇ ◇
荒尾も当時の中津と似た状況にある。調教師や騎手など厩舎で働く102人のうち、再就職先が見つかったのは40人。引退が9人。残る53人はまだ決まっていない。約230頭の馬もほかの競馬場へ移籍できるのは3分の1程度にとどまるとみられている。
荒尾市は、跡地(約26ヘクタール)について、市民を交えた検討チームを近く発足させ、来年度中に活用策を示す方針だ。自治体財政に計約91億円を繰り入れてきた荒尾競馬はかつて地域を潤す源泉だった。そんな「功労者」にむくい、地域再生につながる次の一手を急ぎたい。(西日本新聞)
【写真】10年ぶりに中津競馬の馬場跡に立ち、当時の様子を語る古梶さん。楕円形のコースを分断するように道路が敷かれていた。
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