2010年9月12日日曜日

「見えない障害」理解求め 岬町出身の元騎手・常石勝義さん講演


 6年前のレース中に落馬し、高次脳機能障害を負った日本中央競馬会(JRA)の元騎手で、岬町出身の常石勝義さん(33)(滋賀県草津市)が、障害への理解を深めてもらおうと、各地で講演活動を続けている。今月3日には、生まれ故郷の同町に招待され、200人を前に「症状がわかりにくいので『見えない障害』と言われるが、ちょっと変だなと感じたら、脳に届く言葉で声をかけて」と呼びかけた。(渡辺彩香)

 常石さんは少し足を引きずりながらも自信にあふれた表情で登壇。障害G1レースで優勝した時と同じピンク色の勝負服を身につけていた。しかし、一つ足りないものがあった。横から母・由美子さん(60)が説明した。「晴れ姿なので決めたつもりが、肝心のブーツを忘れてきました。これでは馬に乗れません。一番大事なものを忘れる。これが今の彼なんです」

 常石さんは同町立岬中を卒業後、1996年に18歳で騎手デビュー。G1レースでレコードタイムを記録するなど活躍したが、2004年、小倉競馬場のレースで落馬。一命はとりとめたものの、左半身まひと、高次脳機能障害が残り、07年引退した。

 この日の講演会は、4月に発足した町人権協会が、記念イベントとして開催。同町は常石さんにとっても15年間を過ごした思い出の場所。会場には、教育・福祉関係者のほか、幼稚園や小中学校時代の恩師も駆けつけた。



 常石さんは語り出した。「馬の上はジェットコースターに乗ったみたい。馬との出会いは僕の宝物です」。その『宝物』から落ちた事故。高次脳機能障害による記憶障害などの症状で、今も調子の悪い日がある。日常生活での失敗も隠さず話した。

 自宅マンションに設けられた共同の大浴場で、間違えて他人の着替えを持って帰ってしまった。「ポケットにはカギも入っていて大騒ぎになりました。とても迷惑をかけました」

 兄が経営する居酒屋を手伝っていて、客に「けんか売ってんのか」とどなられた。障害の影響で左の視野が狭く、上目遣いになるのだ。「ホンマに不便です。不自由なことがいっぱいあります」

 でも、負けない。馬と並走して騎手にインタビューする「馬上インタビュアー」を目指し、週1回乗馬クラブに通う。体力をつけるためのマラソンも続けている。

 「外で風に吹かれたり、花を摘んだり、人と出会ったり。すべてが僕にパワーをくれます」。今、生きていることへの感謝と喜びの気持ちを忘れないという。



 最前列で聞いていた中学時代のバスケットボール部顧問の宮井恒典教諭は「夢を持って頑張っている姿に感心した。後輩たちにもぜひ伝えたい」と話した。由美子さんは「特別な障害ではなく、誰にでも起こりうる後遺症。人と人とのかかわりがリハビリにつながることを知ってほしい」と期待を込めた。

 講演の最後で常石さんは、こう呼びかけた。「リハビリに励むことができるのは、母を泣かせたくないからです。皆さんもこれからの人生、母親を泣かせないよう頑張って下さい」。会場からは惜しみない拍手が送られた。

■高次脳機能障害 交通事故や脳卒中など脳が損傷されることによって起きる。記憶障害や失語のほか、感情のコントロールが難しくなって、おこりっぽくなるなどの症状がある。(読売新聞)
【写真】講演の冒頭、作業所で覚えた手話で自己紹介する常石さん(3日、岬町文化センターで)