2011年12月24日土曜日

響く惜別ファンファーレ 荒尾競馬“終幕”ドキュメント




 83年の歴史を刻んだ荒尾競馬20+ 件場(荒尾市)は23日夕、静けさに包まれた。未明の調教、スタンドの人波、ざわめき、食堂のにおい、馬の息遣い、笑顔と涙…。そして「さようなら」の声が最後に響き渡った。
 4時00分 有明海に臨む馬場は星空に覆われている。東には細い三日月。静寂の中、競走馬がクーンと鳴いた。
 4持52分 パカッ、パカッ…。この日のレースに出場せず、他の競馬20+ 件場に移籍する馬の調教が始まる。
 5時30分 ニット帽にダウンジャケット姿で調教に見入る福岡県筑紫野市の会社員男性(36)の手にはカメラとメモ帳。「競馬20+ 件の魅力はレースだけじゃないんです」
 8時50分 入場門前でイベントや出店の準備が進む。毎週朝市を開き、ミカンやキュウリを売ってきた荒尾市の農業河島チヨコさん(80)は「いろんな人と会って話をするのが楽しみだった。今日は最後だから頑張って売らないと」。
 8時55分 入場門そばには厩務(きゅうむ)員会のグッズ販売会場も。準備に追われていた渡辺賢一会長(47)は「(最終日が)夢であってほしい。きょうはお客さんがびっしりと入った昔の荒尾競馬の姿を見たい」。
 9時10分 開場。行列をつくっていた300人以上のファンが次々に門をくぐる。先頭で入場したのは山鹿市の会社員、中島良二さん(55)。「いつもは一人で来ていますが、夫婦で6時から並びました。荒尾は海の近い、本当にいい競馬場だと思う」
 9時15分 厩務員の子供たちが「馬のたてがみのキーホルダーを買ってくださーい」と元気に呼びかけ。厩務員会は「84」と入ったきょうのためにつくったジャンパー姿。数字は「来年2月で荒尾競馬は84周年だから」(渡辺会長)。
 9時20分 開店時間を前倒しして、騎手のグッズなどのチャリティー販売が始まる。京都府宇治市の会社員、佐古田高志さん(35)は荒尾の紅一点騎手で佐賀競馬に移籍する岩永千明さん(29)のゼッケンを手に入れた。「男性に見劣りしない、腕っぷしにほれています」と笑顔。
 9時35分 入場者の波が途切れない。ファンを出迎えていた竹原孝昭馬主会長(64)は「始まりがあれば、終わりもある。やっぱり残念だね。3月に会長になったばかりで、何とか立て直そうと皆で話し合っていたんだが…」。
 10時20分 第1レース発走前。発券所に長蛇の列ができる。40年間、荒尾競馬に通っているという福岡県大牟田市の男性(71)は「見慣れない顔が多いなー」とつぶやいた。
 10時32分 第1レースが始まる。スタンドには多くのファン、家族連れの姿も目立つ。荒尾所属のジーエスイワンコフが1着となった。
 10時59分 第2レース直前、40年以上、立ち売りスタイルで予想屋を続けてきた田中勝喜さん(76)は「こんなににぎわうのは20年ぶりかな。正月みたいだ。みんな、別れを惜しんでいるんだろう」と言い残し、レースを見に行った。
 12時25分 出走ゲートそばの児童公園は体験乗馬コーナーが設けられた。馬に揺られる子供たちの歓声が響く。
 12時45分 第5レースが始まる直前の検量所前に、調教師と騎手でつくる「調騎(ちょうき)会」会長の調教師平山良一さん(63)の姿が。「残念という気持ちと、無事に終われそうだという思い、まだ行く先が決まっていない人たちを案ずる気持ち、いろいろな思いが重なっている」
 13時45分 3階特別観覧席は680全席が埋まり、入場制限。ジュースの自動販売機に「売り切れ」の文字が並ぶ。
 14時20分 スタンド上段で、焼酎の入ったコップを片手に馬場を見つめていた荒尾市の男性(63)は「悲しい。35年くらい前は毎日(観客がいっぱいの)こんな状態だったのに。(廃止が)何とかならないかなあ、と思うよ」。
 15時15分 最終第9レース「さよなら・感謝・荒尾競馬」を走る12頭が、移籍先の佐賀競馬20+ 件でデビューを目指す騎手の卵、小山紗知伽(さちか)さんの馬に先導されて、出走ゲートに向かう。最後のファンファーレが鳴り響き、満員のスタンドから大きな拍手が湧き起こる。
 15時18分 牧野孝光騎手(47)が乗るサマービーチが最後にゲートに入った。実況の北本誠アナウンサー(35)は「千秋楽結びの一番、態勢完了!」とアナウンス。
 15時19分 最終レースがスタート。サマービーチが抜け出し、スタンドに馬券の紙吹雪が舞う中、独走で有終の美を飾った。「マ・キ・ノ、マ・キ・ノ!」「ありがとう!」とスタンドから歓声が上がる。牧野騎手は「最後を締めくくれて良かった。30年間、悔いはない」と笑顔。
 15時39分 騎手たちが中央のステージにあがり、表彰式が始まる。観客にレースで使ったムチを投げ、プレゼントするシーンも。
 15時43分 ステージ上の騎手たちをスタンドで見つめる荒尾市の会社員、矢ケ部徹さん(50)。荒尾で騎手としてデビューし、調教師を経て、5年前に引退した。「将来の展望が見えず、辞めた。ただ、できれば荒尾は自分が死んでから終わってほしかった」
 15時53分 競馬20+ 件場そばの厩舎団地はひっそりと静まり返っていた。厩務員の野田孝昌さん(35)が、最終レースを走り終えた馬の体を丁寧に洗う。「けがをせず、無事に終わることができたのは良かったです」。同僚の石松進一朗さん(42)は「馬も3分の1くらいに減った。寂しいね」。
 16時00分 ステージ上で騎手たちが調教師に花束を贈呈。記念撮影も始まった。
 16時14分 岩永騎手が「私は荒尾競馬が大好きです」と言葉をつまらせながらあいさつ。
 16時20分 馬場を一般開放。ファンが薄暮の馬場に入り記念撮影などを楽しむ。東京都練馬区の自営業、田島聡博さん(47)は息子の広志君(12)と一緒に入り、砂をペットボトルに詰めた。田島さんは「観客との距離感の近い公営競馬20+ 件が好きだった」と話した。
 16時32分 厩舎団地の入り口近くにある馬の守り神「馬(ば)頭(とう)観音」を矢ケ部さんが訪れた。「辞めて以来だから5年ぶり。競馬で生活してる人間は、なかなか離れづらいんだよね…」と今後に不安を抱える元同僚たちを気遣った。
 17時13分 スタンドの人影がまばらになり、場内放送の「蛍の光」のメロディーが海沿いの馬場を包んだ。(西日本新聞)
【写真】 (上)大勢の観客が詰め掛けた荒尾競馬。最終レースには拍手が送られた。(中)最終レースに勝利、観客に手を振り応える牧野孝光騎手。(下)レース後、開放された夕暮れの馬場を歩く観客